記憶の音

ずっとずっと遠い場所から、忘れかけていた笑いの声が、時々電波が途切れるラジオのように聞こえる。

子どもの頃は毎日テレビにかじりついて見ていたであろうそれは、当時ほど現在では熱を持って見るほどではなくなって久しく、そんな時間を積んでしまった自分でさえ、儚く散った命に思いを馳せる。

なぜ今だったのだろう。

なぜ世界を狂わすものはやってきたのだろう。

姿も音も香りもないそれは、なぜ容易く人の中に潜み、息の根を止めようと身を隠すのか。

特別熱を持って見ていた訳ではないけれど、ずっとずっと遠い場所から、幼かった自分の熱狂した記憶の音が流れる。

その音は、とても儚く、寂しく聞こえる。

なんだかとても儚くて寂しい時間が流れている。

春ここに

いつの間にか春がやって来ていて、自分の身近にも。

世間では新型コロナウイルスがなかなか落ち着かず、ここでも相変わらずマスクも買うことが出来なくて、かなり高い値段のマスクを手配しました。

どうしてもご訪問しないと出来ない仕事もあり、ご訪問先の方にとってはマスクをしていない者が来ることには抵抗があるのかもしれないので、マナーとしてマスクを付けるよう社員に指示を出してはいるけれど、会社から支給するマスクにも限界があり、あちこち見てみるけれど、やはり手に入らない。通常の10倍位の値段が付いているものなら、ネットで在庫があると記載されているので、仕方なく手配した。それでも、1ケース50枚入りとかで、社員に数日分しか渡すことが出来ない。

マスクされている方は多く見るけれど、どこで調達されているのだろう?

それでも、医療機関等が不足なら、そちらを優先しなければならないとは思うのだけど。

兵庫県もみるみる感染者が増え、いつの間にか全国ワースト1位になりそうな勢い。安心安全はなかなか難しいことなのだと実感する毎日です。

テレワークについてお問い合せいただくことがあるのですが、現行で行うにはセキュリティの関係もあり、全ての業務を在宅にすることはとても慎重に考える必要があると思います。実際クラウドが出始めたころ、全ての業務をクラウドでと言わんばかりにあちらこちらでクラウドが良い、オンプレは古いとか言われました。しかるべき審査する機関ですら、そんなことを口に出す始末。偏った知識はとても怖い。もちろんクラウドにはクラウドの良さ、オンプレにはオンプレの良さがあり、重要なのは運用する方々のセキュリティの意識。ここを安易にしてしまうと、企業情報が洩れ放題になることを自覚してほしいなと感じます。

確かな知識を持っている方に、企業の情報セキュリティを統括してもらわないと、大切なものが失われるかもしれません。

だからと言ってテレワークが出来ないわけではありません。使えるものをご提案出来るよう、弊社でも日々取り組み勉強しています。ぜひ、お問い合せください。

世界が混乱の中でも、季節は廻り、日本には春の気配。この桜は山桜かな?品種は分からないのですが、事務所の近くの歩道の横に、こじんまりと咲いていたもの。季節の流れにひと時の安らぎを感じた日。

信頼

とても久しぶりにブログを更新しようと思ったら・・・どこも出かけていないことに気が付き、家と事務所の往復をこの数か月は継続していました。そうこうしていると、新型コロナウイルスが猛威をふるい、多くの方が命を落とされ、弊社もマスクの確保に苦戦しながら、この異常なマスクの高騰に戸惑う毎日。この地域でもどこもマスクが売り切れ状態が続いています。早く治まると良いけれど。

そんな中、最近、弊社にやっと看板が出来、少し外観が会社らしくなりました。実に創業8年目の出来事です。お取引先様より自分たちにお声をかけていただける喜びを忘れないよう、これからもがんばらなければと思います。ありがとうございます。

ここ数か月、自宅と事務所の往復を繰り返している自分。年始に誓った、時間の管理がまだ上手く出来ていないのですが、それでも仕事が嫌いでなく、楽しく感じている。仕事が楽しくて仕方がない。自分の技術の足りなさも、日々少しでも向上したことを感じた時、とても楽しく思える。

まだまだ大丈夫。

仕事の関係で、あちこちの展示会へ足を運ぶ機会が多いのですが、最近、富士通の軽量モバイルノートを置いた展示会に多く出会います。

各メーカー様の商品説明や、デモをこのパソコンでコントロールしてご紹介されているところが多いのですが、各メーカー様の商品もとても参考にさせていただいてるのですが、つい目が行ってしまうのはこのモバイルノート。自分も持っているけれど、本当に軽い。そして早い。薄い。

正直タブレットより軽く、薄いのに、しっかりノートパソコンの使いやすさを兼ね備えている。これなら、どこへ持ち出しても苦痛でなく、タブレット感覚で持ち歩ける優れもの。USB TYPE-Aの数は少ないのですが、USB TYPE-Cが付いており、映像出力もこなせる。もちろんHDMIも標準で付いている。展示会で重宝されるのが分かる気がします。この小さなパソコン1台で、何でも熟せてしまうのだから。

自分の仕事は、信頼の上に成り立っているもの。だから、自分の扱う物にも信頼をし、取引先の担当者の方も信頼している。そして、ご紹介する商品も、信頼できるメーカーのものをお勧めしたいと思う。何より、私たちを信頼してお仕事のご依頼を下さるお取引先の皆さまに、裏切らないサービスのご提供が出来るよう、足りないものは補いながら、一緒に歩ける自分たちでいられるよう、一緒に悩み、一緒に前に進める技術、知識を日々高めていける、そんな企業を目指し今日もがんばります。

この胡蝶蘭、一度全部花が落ち、再度芽を出し咲きました。この胡蝶蘭のように、生きる力に貪欲でありたい。

もう少し、引きこもりはつづくけれど。

松江城


この日はとても爽やかなお天気で、久しぶりに遠出をしたある5月のお話。

以前出雲へ出かけた時に、松江城の道路標識が記憶の片隅に刻まれて、一度は行ってみなければと思っていた場所。古い時代へ一瞬、時間旅行することが出来る場所は、とても心地よい。

このお城には、人柱伝説など、悲しい言い伝えも残っている。

その時代の人々にとって、命とはどんな重さがあったのだろう。今の時代の人々にとって、命とはどんな重さがあるのだろう。

消えてほしくなかった命がある。消えてほしくない命がある。

たったそれだけのことなのに、叶わないことがとても悔しい。

そんなことを考えながら、時間の歪を体験した一日。

願いが叶うなら

以前の職場の仲間と会う機会を作って下さって、先日、昼食をご一緒させてもらう為、久しぶりに電車で神戸へ向かった。

神戸へは何度も行ってはいるけれど、いつも車が多く、乗り換えながらの電車移動が新鮮で楽しく、こういうのもいいものだと車窓から流れる景色を眺めながら思っていた。

実はものすごく方向音痴で、車でも、ナビの指示を理解することが出来ず、道路を間違えて違う方向へ走ったりするので、今回大丈夫かなとかなり慎重に移動。結局、予定通りの電車に乗り到着出来たものの、それで安心してしまって最後の出口を間違えてしまい、ずいぶん待たせてしまう結果に。詰めが甘いなと我ながら苦笑してしまった。

独立して実に8年だと話していたが、実はそれも1年間違っていて、7年目に入っていたのだったと帰宅してから気が付き、まぁ、言ってしまったものは仕方ないと開き直ることに。それにしてもずいぶん久しぶりの再会であったのに、長く一緒に仕事をしていた仲間との時間は瞬間に呼び戻された気がした。

忙しくしていた毎日の中で、そんな時間を与えて下さったことに、本当に感謝した日。

ずいぶん長い時間の経過の中で、それぞれにいろいろな周辺の変化が起こっていて、それらの話を聞きながら、自分の話をしながら、少し前に参拝した神社を思い出していた。

島根県松江市 玉作湯神社

願い石 叶い石

本当は縁結びで訪れる方が多いのだそう。けれど、願いを叶えてくれるとされるこの神社。

縁結び。

それは、人と人のつながり。どんな縁結びでもいいのではないかと思い参拝する。

多くの人の力を分けていただいて、今の自分がある。その人と人とのつながりに感謝し、関わりある全ての人が幸せであるようお願いする。

その力が働いたのかもしれない。

それから間もなく、再開の約束の知らせが届いた。

また会う日まで、みんなが元気に、いつまでも笑って思い出話が出来るように。

音のある世界

そのお寺には、とても多くの耳の病に苦しむ方々の絵馬が奉納されている。

三千院の脇を通る坂道をひたすら歩く。綺麗な小川が流れ、それまでの賑やかさが嘘のようにとても静かで、水の流れる音、山に住まう鳥の鳴き声、風に揺れる草が戯れる音、自分の呼吸が聞こえる。とても静寂な世界に引き込まれるようではあるけれど、とても緩やかな時間が流れている。

京都 来迎院。

『耳が聞こえるようになりますように』

音の無い世界を知らない自分にとって、想像すらしたことの無かった文字が連なり、苦しむ方々の気持ちが痛く突き刺さる。そう言えば、近しい人の中の一人が、長く耳鳴りに苦しんでいたことがある。一瞬の耳鳴りは経験があるけれど、ずっと聞こえる異音。それもどんなに苦しいことだろうと今さらながら思い出していた。

参拝する途中の、自然界から放たれる数々の音は、とても心地よく、日々の作られた音ばかりの世界とはまた違った、癒される音に触れられる場所であるけれど、それらを聞くことの出来ない方々が、どんな思いでこのお寺に足を運ばれたのだろう。

自分の恵まれた現状に、感謝しなければならないと思った。

一隅を照らす

猫の通り道。

そんな狭い道路を行き交う車。譲り合う気持ちが現代の人々の中には小さいのだなと思うような口論を目の当たりにし、日本人としてとても切なく悲しい気持ちに包まれた日。こんな光景、しかも、こんな場所では触れたくなかった。

小春日和が心地よかったこの日、以前から行きたかった京都の三千院へ向かう。

人が多く、とても華やかな印象のお寺。

けれど、三千院に近い駐車場へ移動するには、交互に通らなければ通れないほど狭い道路で、すれ違うだけでも一苦労。自分はそこまで狭くなる手前の駐車場に停めて歩いていた。少し歩くと更に狭くなる道。すれ違うことが出来ない車と車。激しく言い合いが始まる。そんな知らぬ人のやり取りを耳にしながら、諍いが生まれた状態で参拝してご加護などあるのかなと訝しい思いを胸に参拝することになる。

中では、ずっと仏前に座り、長い時間をかけて祈る人。人と人の流れに押されて祈る時間も取れずに押し出される人。写真撮影禁止と言われていても、撮影する人。多くの神社仏閣へ足を運んできたけれど、こんなにも日本は崩れてしまったのかと思ったことはまれで、とても心が痛く、そう思ってしまう自分の邪気が空気中に拡散し、それらが更に周囲の人の心に侵入するのではないかと自分自身が抵抗し、格闘する心で疲弊してしまった日となった。

唯一、御朱印を頂いている間、とてもなめらかな筆運び、墨汁の色香、紙の上を筆が滑る音が心地よく、しばらく見とれながら過ごした時間が心地よかった。

このお寺は、最澄が開基したとされる。

最澄が広めたかった「一隅を照らす」。多くの日本人がお手本となって広まっていけばいいなと思う。

空を海を

勿忘草色の空と瑠璃紺色の海。

この世界にはこんなにも綺麗な色が存在している。

その空と海の間の空間に掛かる大きな橋。

橋から覗くその空間は、とても美しい。それなのに、その空間へ吸い込まれてしまいそうな錯覚が、わずかな恐怖を与えてくる。気が付けば鳥肌が立っていた。

もしも、翼を与えられたなら、そんなちっぽけな恐怖など気づくことなく、空と海の間を目がけて飛び立てるのに。でも翼はない。それなら、車と言うハサミになって、空と海の間に切り込みを入れているつもりで走る。その裂け目からは、また新しい空と海の間が次から次に生まれてくる。

まるで、人の生きる道みたいだなと思いながら道中を楽しんで移動。

秋晴れの心地よい日。

香川県 善通寺。

「虚しく往きて実ちて帰る」

何も知らずに中国へ行ったけれど、ものすごく得る物を得て帰ってきたと空海は言った。20年の予定であったのに、2年で習得した密教。そんな空海の生誕の地。

遠い時代に生きた人々の考えたことが、とても長い時間を超えて、今の時代に残されている。それだけでも凄いことで、その声に、そっと耳を傾けることは悪くないと感じている。

出来るからと努力をしない人は、そこまでしか辿り着けないけれど、出来ないことが出来るようになる喜びを知っている人はとても魅力的だ。空海は、そんな人だったのではないかと思う。

没頭できる何かを持っていることはとても素晴らしく楽しいと思う。

空海に会いたい。

帰りの瀬戸大橋。聴色と水浅葱色の空が、なんとも柔らかい夕焼けを醸し出し、今、その場で見ることが出来たことが幸せに感じた1日の終わり。

天気が良くてよかった。

神は人の敬によりて威を増し 人は神の徳によりて運を添う

透き通る程遠くまで、青が空一面を覆いつくし、雲のかけらさえ見えない晴。

高速を走る車。

いつの間にか空へ飛び立ち、鳥になったような気分で走る。

音も何も聞こえない世界へ誘い、ただ風に乗り翼で感じる鳥に。

止まっていた時間が息吹始める。

長く自分の時間を取ることが出来ずにいて、やっと少しだけ自由をもらった日。

岐阜県 伊奈波神社。

快晴のこの日、七五三や結婚式で人があふれ、駐車場に入るまで30分ほど待った。やっと車を停められ、少し昇坂道を歩き、急な階段を2か所昇ることで、神門へ。残念ながらここまで。中へは入ることが出来なかった。

階段を降りると黒龍大神があり、そこのパワーが凄いのだそう。

この龍頭岩にお願いすることで、どんな願いも叶えて下さるとか。

自分にも力を分けてもらう。

人が神を敬うことによって神の威力は増し、人が神を敬うことで得られた神徳で良い運が得られると言う「御成敗式目」に記された言葉を信じることも、自分を強くする一つだと思っている。もともと神など存在しないのではないかと思っているけれど、信じる場所、信じる物など、人が信じると言う力が不思議な力を生むと思っていて、自分も守られている感じをずっと感じている。もしかすると、神社仏閣が心地よく感じることは、そう言うことなのかもしれない。自分が信じるものだからこそ、そこに力が生まれている。それと同じように多くの人の心が集まると、その場所は更に大きな力が生まれる。

そんな風に思いながら、やっと自分で呼吸をすることが出来た。

また、明日がやってくる。

 

姫りんご

 

目の前の景色がいつの間にか秋色に染まっていることに、最近になって気づいて、行きたかった場所があったのに、時間の流れに追いつけない自分。

この頃の時間の速度は半端ない。

今も外では秋祭りの太鼓の音、子供たちの声が聞こえる。秋祭り?そんな季節なのだと改めて実感する。

事務所の前には姫りんごの木があって、その実は赤く色づき始め、これを見ても秋だと感じられなかった自分にがっかりする。

食べられるが食べることはほとんどなく、それでも、青い実から赤い実へ変化するまでの期間、とても楽しみにしていたのに。今年はそれすらあまり出来ずだったのだなと思うと、いつもと違うことを感じずにはいられない。

空気が恋しい。

なかなか思った場所に出かけることが出来ない中でも、仕事の合間に立ち寄るいろいろな地元の名所も気分転換になる。

「湯村温泉」荒湯。

この荒湯の温泉玉子は絶品。まずはそのままで食べたい。そのままでもとても美味しいのだ。年に数回食べたくなって、立ち寄ることがある。この温泉玉子、その日によって温泉の温度が違うため、茹で上がる時間が若干違う。近くのお店、「とちせん」で玉子を買うと、最適な時間、玉子を浸ける場所を教えてくれる。とても親切なのだ。

「とちせん」は栃餅を販売するお店。この栃餅もとても美味しい。風味が何ともクセになる味。その栃餅を販売するお店の中には、冬にとっても最適なものがある。

「地熱洞」温泉の熱で温められる洞窟。

常に50度位ある。

この熱が、体のあちこちに良い効果を与えてくれるのだとか。確かに体が芯から喜ぶ感じがする。

湯村温泉のこと、何故体に良いのかなど、説明されている看板がかけられていて、この説明を読みながら、ゆっくり体を温めることが出来、服を着たまま温泉の効能を味わえる場所。

空気が恋しい。

そんなこと思っている場合ではない。ここもまた温かな空気に包まれ、自分を癒してくれる。

恋しい空気。

ゆっくり出来る時間がある時、また行きたいと思う。