サーバーの入替のお知らせ

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5月2日から5日まで、サーバーの入替作業を行う予定です。

そのことにより、現在のホームページが閲覧できない、メールが届かないことが発生する可能性がございます。

どうぞ、ご理解くださいますようお願いいたします。

桜の花の目覚め

あちこちで桜の花が目覚め、冬が終わり春の風が吹いている。

桜だけでなく、コブシ、たんぽぽ、つくし、あらゆるものが動き始める音がする。地球は動いている。季節は廻っている。生きるってすごいことだと実感する。

すごいことなのに、難しいことなのだなと思い知らされる。

人として今、何ができるのかを試されているのかもしれない。重い腰を上げて、歩き出してみよう。冬の衣を脱ぎ、春の風を纏う。その一歩が、自分を変えるきっかけになるのかもしれないのだから。明日の風に乗って。

春の足音

その音はとても小さく、人の耳には聞こえない音だけれど確かに息づいていて、何気ない日常の中でポコっと主張してくる。

生きてるよ。

そんな小さな生命にも、一生懸命に生きる強さを感じている。

この小さな命の強さを、そっと視線の端に感じながら、今日も自分のやるべきことに集中しよう。集中しなければならないことが、まだまだたくさんある。誰かの為でなく、自分自身の為に。自分自身の為のことが、いつか誰かの為に変わるように。

※何度目かの蘭の花が咲きました

明けましておめでとうございます

今日は初出勤。例年通り、社員全員で神社へ参拝に行ってきました。

そんな中、緊急事態宣言の発出がされるなどのニュースが流れ、新型コロナの感染拡大が広がり、昨年度、初めて新型コロナと言う言葉を耳にしてから、日々悪化している状況が、昔見た映画のようだなと錯覚してしまう一日となりました。

新年のご挨拶がこんな困難な時代の影を言の葉にしなければならないなど、誰も想像していなかったのではないかと思います。けれど、乗り越えなければ先に進めない。新たに始まったこの年が、未来へ射す光が生まれる年となるよう、私たちの力が、少しでも皆様の一部としてお役に立てるよう、社員一同全力でがんばります。

どうぞ本年もよろしくお願いいたします。

今年1年のお礼

今年も無事?無事ではないのですが、年の瀬を迎えることが出来ました。

本当は弊社は26日(土)で仕事納めいたしました。ご挨拶が遅れてしまい申し訳ございません。

今年は、コロナウイルスに始まり、コロナウイスルに終わった年でしたが、皆さま体調など崩されていませんでしょうか。コロナウイルスには関係ありませんが、自分の周りでもこの世を去られた方が多かった1年で、このコロナウイルスの影響で、通常の葬儀が執り行われることがなく、実感のないお別れが多かったように思います。本来の人間のあるべき姿なのかもしれませんが、自然消滅のような感覚がとても寂しく感じてしかたありません。

弊社では、コロナウイルスの影響で仕事を減らすといったことはなく、1件でも営業されている企業様がある限り、通常通りの対応をさせていただいておりました。最近はマスクも手に入るようにはなりましたが、ある機関が検証したものの中に、自分が周囲に与える飛沫を防ぐ効果がどの程度かをやっていて、布製マスクは30%以下しか抑えることが出来ないとの結果。夏の暑さにマスクでかぶれる例も出ていたので、弊社も布製マスクに切替ようとしていた矢先で、これは良くないなと思い、また急きょ使い捨てマスクの購入をしました。使い捨てマスクなら60%程度抑えられるとの内容だったため。N95が一番良くて、90%程度抑えられると言っていましたが、この時なかなかN95マスクが手に入らなかったので。ある程度のマスク・アルコールの確保はしていますが、いつまで続くか分からない状況ですので、またマスクが手に入らない事態になったらと思うと、ついマスクを見てしまう毎日です。

コロナウイルスの影響で、社内会議、社外会議などを遠隔でとご希望される企業様が多く、遠隔リモート会議などの環境をご提供する機会が多かったのですが、様々なツールがあり、それぞれの長所短所、価格、セキュリティ面など一長一短。安全性を重視したご提案をすると、思ったものと違うなど、様々なことをご指摘されることも多くありました。

日本人はセキュリティ面に関して無関心な方が多いように思います。どのような情報漏洩が、どのような影響を及ぼすのか、この時代だからこそ、もっと真剣に考え、取り組んでいただきたいと考えています。値段だけ、カッコ良さだけではなく、自分たちが大切な情報を漏洩してしまわない努力が必要な時代だと認識してもらえるよう、私たちは伝えていかなければならないと感じでいます。

ですが、ご使用になられてからは、ご提案したものを選択して良かったとのご意見をいただき、とても嬉しく思いました。私たちの仕事は、裏方の仕事。動いて当たり前の世界。どんなに陰で努力しても、それらが表に出ることはありません。だからこそ、使っていただけることが評価だと思い嬉しく思うのです。

そんな最新の遠隔リモートの技術は、現在進行形で改修が行われており、日々機能追加などが行われています。今、付いていない機能が、明日には増えていることも。そんなところも楽しみに、ぜひ活用下さればと思います。

今年1年、右も左もコロナと言う目に見えない魔物のために、多くの方が苦しみ、心疲れ、未来に光を見出せない時間が多くありました。けれど、明けない夜はありません。時間がかかっても、人類がこの時代まで生き延びてきた生命力は、乗り越えて行く力を持っているはず。

創業より、私たちとともに歩んで下さったお取引先の皆さまのお力添えで、今日まで滞ることなく営業を続けてこられました。心よりお礼申し上げます。私たちもまた、出来る限りの力を尽くし、一緒に歩いていける企業として評価していただけるよう、日々邁進してまいります。

皆さまにとって新しい年が、人として一歩強くなれる時代であることをお祈りいたします。今年1年、本当にありがとうございました。新年、また元気にお会いできることを楽しみにしております。どうぞ、くれぐれもご自愛ください。

11月上旬、兵庫県室津港での夕方の風景です。また、見れると嬉しいです。

三日月

濃藍色の空に浮かぶ月。

その光は、自らの力で輝くのではなく、遠く離れた太陽の力で輝かされている。それでも人は月に魅了され、月の力を信じ、崇める。

暗い空に浮かぶ月の輝きが地上を照らし、そのわずかな光の恩恵に、人は神秘的な力を感じてしまうのかもしれない。空を見上げた時、月が輝いて浮かんでいると真っ暗い世界が少しばかり怖くなくなる。月夜なら夜道も歩ける。

今、世界を覆いつくそうとしている真っ黒い何かが、歩む道を阻む中、月の輝きのように自らの力で何も出来なかったとしても、小さな意思を継続することで、何かに影響を与え、小さな光を灯し、やがてその光が拡散することで、何かを変えることが出来るのではないかと思う。

今夜、久しぶりに空を見上げ、三日月を見た。

暑かった夏が過ぎ、いつの間にか秋が訪れ、もう少しで冬がやってくる。

昔、三日月に祈ると願いが叶うと聞いた。

早くいつも通りに戻れる日が来ますようにと、祈ってみた。

真っ暗な空に、何かを投下されたのかと思うほどの一瞬の光と同時に、空全体をうねり狂う龍が泳いでいるかのような異様な気配と地面から響く雷鳴。

地球が壊れる。

そんな怖い夜だった。

昨日は夜遅くまで本を読んでいて、眠ろうと思った矢先に雷が襲ってきて、そのまま寝たのかどうかも分からないくらいの夜を迎えてしまった。

自分も雷は苦手だけれど、それを超える怖がりだった昔の飼い犬を思い出す。

彼はいつも凛としていて、あまり甘えた素振りを見せない犬だった。けれど、雷が異常に苦手で、いつもツンとした態度で接してくるのに、雷の音は遠くても分かるらしく、人間の耳にはほとんど聞こえていない音ですらキャッチする。

そわそわ座ったり歩いたりを繰り返し、昨夜のような狂ったような雷となると自分の脇の下に顔を突っ込み、ブルブルと震えていた。その間、ずっと背中を撫でてやり、遠ざかるのを待ったものだ。

彼が自分の世界から消えて20年以上になる。

昨夜も怖がっていたのだろうか。

ほら散歩道に咲く花に、雨上がりの雫が綺麗に輝いている。また今日が始まったよ。と笑いかける。聞こえているといいなと思いながら。

繙く

本を読むことが苦手な子どもだった。

じっと我慢して長い時間集中することが苦手で、どちらかと言うとすぐに結論が出る算数が好きだった。当時、計算ドリルと言う計算をするような問題集があり、学校に行くと朝一番に計算ドリルの1頁を計算しなければならなくて、計算が得意だった自分は1頁ではなく10頁ほどを終わらせていた。だから、計算ドリルを渡されると1週間ほどで全部完了してしまっていた。

計算ドリルとは違って、漢字ドリルがあって、本を読むことが苦手だった自分は、いつも漢字テストは最下位だった。本を読まないのだから漢字も覚えられなかった。

とても偏った勉強しか出来なかったので、クラスの中でも全体の成績は良くなかった。

中学校に上がり、1年生の時に同じクラスになった友人が、長編小説の文庫を貸してくれて、本を読まないことを言えず、とりあえず借りることになった。「とても面白いから読んでみて」と言われ、自分なりに考え、返す時には感想を言わなくてはいけないかなと思っていたので、とりあえず最初と最後は読まなくてはと本を開いてみた。

とても面白かった。とにかく夢中で借りた文庫を読んだ。

この出会いが、この後の自分を変えることになった。

今でも時々その頃のことを思い出す。あの時、同じクラスの友人が本を貸してくれなかったら、今でも本を読んでいろいろなことを繙くことなど出来なかったように思う。本を読むことが、これほど楽しく、面白いことであることを知らずに大人になっていたかもしれない。あの時、友人と同じクラスになっていなかったら、今の仕事も出来なかったと思う。あの日のあの瞬間が、自分の転機だったのかもしれない。それ以前の自分しか知らない友人たちは、自分がシステムエンジニアの仕事が出来るはずがないと思っているに違いない。

それくらい勉強が嫌いだった。

今でも記憶力はあまり良くない。でも、誰かが記してくれたものを繙くことは出来る。

あの日、教わった本を読むことの楽しさが、今も役立っている。

ここ二日、夜帰宅する車の中から空を見上げると、地上を覗いている小さな月と遭遇している。

小さいけれどとても美しく輝いているそれは、これまでも、これからもそこに存在していて、今も昔も知っているのだと思うととても不思議な感じがする。

今の地球はどんな風に見えますか?

仕事柄、自宅でテレワークでは対応しきれないので、通勤する人がずいぶん少なくなったいつもの通勤路を、今までと何ら変わらず通勤し、いつもと同じように仕事をする。そんな中でも、電話の数が減ったり、お取引先様からの休業のお知らせを受け取ったりして、やはり新型コロナの影響があるんだなと実感する毎日。自分たちも例年ならカレンダー通りのところ、29日から6日まで社員を休ませることになった。その中でも自分の仕事は裏方のものを多く受け持っているので、まるまるの休業は出来ないのだけれど。

どさくさに紛れ、自分たちの信じるものにも陰りがあり、人間不信にも陥ることも出てきた。信じていても、簡単にその関係は崩れてしまうのだと思うことがあった。

人は、誰かから受けた悪いことは忘れない。でも、自分が与えた悪いことは忘れてしまう。

他人を見て自分の襟を正すことにしようと考え直すことにする。そんなところにとっぷり浸かっているいる場合ではないのだから。自分たちの出来ることから、何度でもスタート地点に戻っても構わない。いつかまた、その位置までたどり着くことが出来ればいいのだから。

何度でも、挑戦すればいいのだから。

今夜もまた、小さな月と出会えるかもしれない。今の自分たちをしっかり見ていてほしい。いつかまた見上げた時、自分たちを照らしてくれる光が輝いているといいと思う。

雑草だからこそ

気が付けば事務所の前の花壇が草山になっていて草取りをやらなければ。

何度球根から抜いても自生してくるムスカリと、異常に強靭化したたんぽぽの茎の太さに圧倒されながら、花壇の草取りを実施。この雑草でも季節を知り、自分を増やすことに一生懸命なのだから、人も負けてはいられない。

自分の会社は、発足当時から悔しい思いを何度もしてきた。

私たちの何を見て知っているのかも分からない方の想像での言葉を、誰構わず口にする方、その言葉を鵜呑みにした行動を取られる方など、それらが自分たちに襲い掛かる日が何年も続いた。

けれど、自分たちは、名も知られない草だからこそ出来ることがあると思い、真摯に取り組むことに集中することにした。踊らされてはいけない。自分たちの出来ることを、一生懸命に取り組むことで、理解してもらえる日がある。

過去どのくらいの規模の仕事をし、どのような仕事をやってきたのか、知る人は少なくなった。けれど自分たちも、いつまでもそれにしがみついているつもりもない。

過去のその場所でも、自分たちは異質だったに違いない。企業の色に染まらない仕事をやってきたから。それは、上に立つ人の姿勢がそうであったから。その姿勢に尊敬の念があり、その人の下で得た知識、技術、考え方は誰にも持ち去られることはない。

がんばろう。

ただそれだけ。

雑草だからこそ出来ること。それは雑草にしか分からない。雑草でよかったと思う。

がんばろう。

冷静に、穏やかに、流されず。