小さな自分

子供の頃、曾祖母や曾祖父と一緒にお参りに行っていたお寺。今思うと、曾祖母も曾祖父も、70代だったと思うのだけれど、随分おばあちゃんで、随分おじいちゃんだったように思う。二人の手と手に小さな手をつないでもらい、幼かった自分はこのお寺の坂道を上り、お参りしていました。

ここには、幼い頃の記憶が住んでいる。

京都府京丹後市にある如意寺。「日切の不動さん」と呼ばれ、多くの人が日々参拝されている。この日はあいにく、夜には台風が通過すると言われていて、空模様も悪かったけれど、何となくお参りしたくなったので訪れました。そう言う場所。

ここにくると、小さな自分を思い出す。曾祖母や曾祖父を見上げた姿を。大きくて、ごつごつしていて、温かい手を。背中の曲がった後ろ姿を。自分を呼ぶかすれた声を。

いつでも思い出す。

ここには、何十回、もしかすると何百かもしれないくらい参拝に来ていて、自分の中での歴史が長いお寺。

本堂にあるこのお地蔵様は、体の悪い所と同じ場所をさすることで、病を取り除いてもらえると言われている。

その本堂の横手には、白い萩の花が一面に咲いていた。

この季節に供えられるお餅を「おはぎ」と呼び、春のお彼岸に供えるお餅を「ぼたもち」と呼ぶ由来の花の一つ。萩の花。牡丹の花。そんなことも曾祖父母から教えてもらった。

秋のお彼岸。

また、ここで、小さな自分と曾祖父母と再会する。

 

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